戦国時代以後、城下町で武士が主君から与えられて住んだ屋敷。

近世の城下町などで、武士の住まう住宅と家囲いに与えられた呼称だが、この言葉自体は近世の身分制度廃止後に使われるようになった。
江戸時代の城下町には、武家屋敷と町屋敷があり、武家屋敷は、幕府や藩から身分や石高によって給地されるものであった。
江戸では大名と旗本、御家人に給地され、陪臣には与えられなかった。
また用途によって拝領居屋敷、中屋敷、下屋敷、抱屋敷といった類別もされた。
拝領居屋敷は幕府から公給される屋敷で、上屋敷ともよばれる。

武士が居住する住居と敷地、およびその居住区を総称する名辞。
日本の武家住宅は鎌倉時代におこり、室町時代には書院造(しょいんづくり)という武家住宅の様式を生み出したが、それが独自の様式と景観をもつに至ったのは、江戸時代、兵農分離によって武士が城下町に集居し、武家屋敷を建設してからである。