インドに発した一種の花文様がシルクロードを経て日本に伝わる間に、唐草文様と交わって、様々な花唐草模様が生まれたと言われています
花唐草といわれる文様は、花に模してはいますが何の花か特定できない花です。
中国から伝来の「唐花文」も同じで、「唐」に込めた意味は複雑多弁な花形文様の総称ですがこれも特定の花を意匠したものではありません。
唐草と花を組み合わせたもので、「牡丹唐草」、「菊唐草」、「蓮唐草」など多様に変化する、装飾文様の代表的なものです。

唐草模様(からくさもよう)、唐草文(からくさもん)とは、葉や茎、または蔓植物が伸びたり絡んだりした形を図案化した植物文様の、日本での呼称。
日本では、奈良時代に渡来した様式から、次第に和様式となったものが好まれるようになり、有職文様にもちいられた。
中世をさかいに、キリ、フジ、松竹梅など身近な種類の植物にうってかわるようになり、染織、織物、蒔絵などにもちいられた。
名物裂(めいぶつぎれ)にも、金蘭唐草文などの例が認められる。

唐草文様とは、古くは中東を起源とし、ナツメヤシやハスなどの植物文様が原形と言います。
中国・朝鮮半島を経て日本へ伝来して 以降、仏教装飾はもちろん、様々な工芸品にあらわされてきました。
唐草は伊万里焼の草創期から確認でき、その表現は時を経るにつれ変化をみせます。
17世紀初頭の皿や瓶では副次的な使用が大半を占めますが、やがて主題として描いた作例も増え、17世紀中期には菊や牡丹などの花を中心に据えて周りを唐草で繋いだ“花唐草”が 多くみられるようになります。
この頃には中国より色絵技術が伝わり、唐草の表現に瑞々しい色彩が加わりました。
絵付け技術が頂点を迎えた 17 世紀後半には、より密に蔓をめぐらせ、花や葉を柔らかな染付の青の濃淡であらわした、繊細で優美な花唐草が完成しました。
18世紀に入り、花唐草は伊万里焼の定番文様となります。
以降、色絵や金彩の表現もあ るものの、うつわを埋めつくす唐草の主役となったのは青 1 色の染付製品でした。
18 世紀後半には西欧への輸出事業が衰退し国内需要に向けた量産化が進む中で、花唐草から花 が消え、19世紀には蔓を簡略化した“みじん唐草”へと大きく変化しました。